国立流 ‐ まちの記録は、東京都国立市の歴史を記録し、活用するサイトです。
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国立と立川の境付近を流れる緑川は、立川飛行場の排水路として1946(昭和21)年に完成した。その後1960(昭 […]
緑川 1955(昭和30)年代(写真:くにたち郷土文化館蔵)

2月26日~ 3月 4日の「過去の出来事」

2月26日会館建設工事指名競争入札を実施し、(株)高柳工務店が内定 (1980年)
 
2月28日国立市立第五・第六小学校の体育館が完成する。 (1971年)
 
 東京都による大学通り自転車専用レーンが完了 (1990年)
 
3月1日谷保仮信号所(のちの国立駅)が開所し、初代駅長に飯田町助役本山政人が発令される。 (1926年)
 
 武蔵砂利鉄道(株)が国立~西府間5.2kmの鉄道敷設免許を取得する。 (1929年)
 
 民主自由党・民主党連立派合同の自由党結成(総裁 吉田茂) (1950年)
 
3月3日くにたちベ平連結成を市民に訴える講演と映画の集会が開かれる (1968年)
 
3月4日谷保・国分寺・砂川の3ヵ村と鉄道省との間で、中央線国分寺~立川間複々線化用地の売買契約が調印される。 (1927年)
 
 国立電報電話局が開局し電話が自動化される (1962年)